──1stアルバム『ring A ring』を1月22日にリリースし、ソロデビューを果たす鈴木愛奈。『ラブライブ!サンシャイン!!』で小原鞠莉役を演じ、Aqours(アクア)のメンバーとして活動する中で、高い歌唱力を評価されてきた彼女にとって、ソロ・アーティストとしての出発は必然であり、ファンの誰もが待ち望んでいたことだろう。ところが、子どもの頃はなんと音痴だったという。

「ドレミファソラシドが一本調子になってしまうくらいの音痴だったらしいです(笑)。このままだと音楽の授業でつらい思いをするんじゃないかと心配した両親によって、先に民謡を習っていた妹と一緒に、小学校に上がるタイミングで、私も民謡教室に通うようになりました」

一度、習い始めたら、歌はめきめきと上達していった。

「小学校3、4年生くらいになると、道内の民謡の大会に出て賞がもらえるようになって、歌うことの楽しさが増していきました。褒められて伸びるタイプでした(笑)」

──アニメの世界に興味を持ったのは、中学生になった頃だった。

「小さい頃は活発で、外で遊ぶことが多い子どもでした。アニメも好きだったんですけど、『おジャ魔女どれみ』とか『東京ミュウミュウ』とか『プリキュア』シリーズに憧れる、普通の女の子でした。それが、がっつりオタクになっていったのは中学生の頃ですね。きっかけは従姉妹のオタクのお姉ちゃんです。このアニメ面白いよとか、このゲームのこの曲がいいんだよとか、いろいろなことを教えてもらって、深夜アニメを観るようになっていきました。ちょうど、『涼宮ハルヒの憂鬱』や『らき☆すた』が人気絶頂だったころで、オタクの沼は足をつけてみたら意外と深かくて、どんどんハマっていったという感じです(笑)」

──自然に、将来はアニメ関連の道に進めたらいいなという考えが芽生え始めた。

「とは言っても中学生のころに思い描いていたのは、なれたらいいなあくらいの、すごくぼんやりとした夢でした。本気になったのは、高校3年生の時に出演した第7回アニソングランプリがきっかけです。全国大会のファイナリストとして最後の3人に残ることができて、私は絶対にアニソンシンガーになるんだと思うようになりました」

──1万人超の応募者の中から、最初の挑戦でファイナリストになるというのはすごいことだ。

「結局、グランプリは取れなかったんですけど、私にもアニソンシンガーになれる可能性があるんだと思える事ができたのは大きかったです。逆に負け惜しみとかじゃなくて、あのときにデビューしてなくて、よかったなって思っているんです」

──その頃の自分には、まだまだ自覚が足りなかったという。

「特に専門の勉強をしたわけでも、知識があるわけでもなく、好きだから歌いたいという気持ちだけでやっていた部分があって。もちろん、好きだという気持ちが一番の原動力ではあるんですけど、それに伴う実力が必要だということに気づいたんです。一度なると決めたからには絶対にデビューするぞと心に誓って、高校卒業後に上京を決めました」

──ご両親は、どのような気持ちで彼女を送り出したのだろうか?

「父も母も「愛奈がやりたいと思ったことをやりなさい」と背中を押してくれました。芸能の世界は厳しくて、私がうまく行く保証は何もないことは分かっていたと思うんですけど、「辛くなったら北海道に帰ってくればいいよ」くらいの重すぎないテンションで送り出してくれたことが嬉しかったです。後になって、そのときの気持ちを母に聞いたことがあるんですけど、「なんとなく愛奈は大丈夫な気がした」って言ってました。「え、なんで?」って尋ねたら、「んー、勘?」みたいな(笑)。そんな軽いノリに、すごく感謝しています。本当に理解のある両親に恵まれたなって」

──上京後は声優の養成所で勉強するとともに事務所にも所属。今後の方針について話し合った。

「アーティストを目指したいんですと話したんですけど、何のバックボーンもなくアーティストとしてデビューして花を咲かせることはすごく難しいことだし、それだけで続けていけるほど甘い世界じゃないよと。ウチは声優の事務所だから、まずは声優としての実績を地道に重ねて、いずれアーティストデビューという夢をかなえたらいいんじゃないか、と提案されました」

──事務所に所属すると、いきなりプロの現場を経験させられることになった。

「まだ声優としてのレッスンを数回しか受けてなくて、お芝居のことなんて何も分かってないころに、「愛奈は感性で芝居するタイプだから、まずは経験してこい」みたいな感じで、外国映画の吹き替えの現場に放り込まれたんです。台本にADと書いてあるのはアドリブという意味だということも知らない状態だったので、「え、どうしよう。わかんない」ってオロオロして。しかも演出の方がすごく厳しくて、精神的にボロボロになって帰ってきました(汗)」

──現場のヒリヒリとした空気感が、当時を振り返る言葉からリアルに伝わってきた。

「厳しい世界なんだって思って、本当に考えが甘かったな、私はやっていけるのかなって。上京したての18歳でしたし、いきなり心が折れて投げ出しそうになりました。今から振り返ると、一番最初に厳しさを経験できたのは大きかったなって思えるんですけど、当時の私からすると、完全にトラウマでした(笑)」

──まさに千尋の谷に投げ落とされたようなスタートとなった鈴木愛奈。その後の彼女は、どんな道をたどっていくことになるのか? 第2回に続きます。

インタビュー・構成=鈴木隆詩

★ 鈴木愛奈さんのインタビュー記事はこちら! ★

● 第1回 「小学校に上がるころは、ドレミファソラシドも歌えないくらい音痴でした」
● 第2回 「μ's大好き! 愛してる!! 神!!! と思うくらい、『ラブライブ!』の大ファンでした」
● 第3回 「鈴木愛奈という存在を受け入れていただけたことが、すごく嬉しかったです」
● 第4回 「ファンのみなさんに寄り添う、身近なアーティストでいたいと思っています」